きもの男子通信

ジェンダーも身分も撹乱!・・猿若祭二月大歌舞伎@歌舞伎座 その2 「大商蛭子島」

「猿若江戸の初櫓」の次は「大商蛭子島(おおあきないひるがこじま」。
こちらは、伊豆の蛭子島の寺子屋の先生幸左衛門とそのお内儀おふじは、実は源頼朝とその妻辰姫だったという設定のお話です。

この寺子屋の弟子は女の子だけで、幸左衛門はセクハラばっかりしているので、おふじはいつも怒っている。そこにやってきた、弟子入り希望の娘が実は北条政子。
そのことを知ったおふじ、というかは辰姫(時蔵さん)は、源氏再興のためには、北条氏の助力が必要と、自ら身を引く・・・
というわけで、ホーム・コメディ的に始まって、最後は源氏の旗揚げの場になるという、歌舞伎らしいお話。

これまで、時蔵さんは、怖い女(伊勢音頭の女中、万野とか)と気品ある女の役しか、観たことがなかった気がするんだけど、今回のおふじは、とっても可愛い感じだった。
七之助さんも綺麗。
振り袖姿の弟子の一人になっていた芝のぶさんは、いつもながら少女っぽくて可憐。アイドルみたい!
登場したとき、「芝のぶ!」って、声がかかってた。
(ちなみに、芝のぶさんは、10年以上まえに、蜷川さんのハムレットでオフェーリアを演じて、それが素晴らしかったそう。イギリスでも公演され、好評だったそうです。
ネットである方の劇評を読んだけど、本当に良さそうで、観たかったー。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~ebi-ken/ebisu14.htm)

さて、このお芝居は、天明四年に初演されたそうですが、その頃は江戸時代真っ只中。

最近、男らしさ、女らしさよりは、絶対的なものではないし、それにとらわれずに自分らしく生きたい、という考え方がだんだん受け入れられきているように思うし、自分もそういう考え方。
だけど、実際には「男だったこうすべき」とか「女だったらこうすべき」っていう圧力がいろいろあると思う。

江戸時代だと性別だけじゃなくて、さらに身分で「町人はこうすべき」「武士はこうすべき」という枠がある。

ところがこの「大商蛭子島」このお芝居では、男が女になっちゃうし、町人が実は武士でしたってこともある 。

そうすると、「生まれつきの身分って本当にそんなに絶対なものなかなー」、と気がしてくるんじゃないだろうか。(武士でない役者が、本当の武士より武士らしく見えちゃうなんて、支配階級の武士にとしてはまずくない?)

それともお芝居は「非日常」ということで、そういう風には考えなかったのかもしれない。
というか、多分そうなんだと思う。

でも、きっとかなり刺激的な「非日常」だったと思うな。

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「原始、歌舞伎はクイアだった」・・・猿若祭二月大歌舞伎@歌舞伎座 その1

二月の歌舞伎座、猿若祭は、勘九郎さんのお子さん二人が桃太郎で初舞台を踏む夜の部が大大人気ですが、私は歌舞伎に詳しい友人に「絶対観なさい」と勧められて、昼の部に行ってきました。



昼の部は、「猿若江戸の初櫓」、「大商蛭子島」、「四千両小判梅葉」、そして舞踊の「扇獅子」の四本立てです。それぞれ特色ある出し物で、最初から観て行くと、江戸歌舞伎の歴史を一覧したような気持ちに。

まず、最初の「猿若江戸の初櫓」
こちらは出雲阿国(七之助さん)と猿若(勘九郎さん)が、若衆を引き連れて、上方から江戸に下ってくるという設定。

阿国と猿若は、日本橋で、幕府に献上するお祝いの荷車を運ぶ途中、狼藉者に教われて困っている材木屋、福富屋夫婦に出会い、助けることにします。若衆達に荷車を運ぶのを手伝うようにいうのですが、若衆達は「荷車を運ぶなんていやだ」と拒絶。
結局、猿若の説得で、若衆達は荷車を運ぶのですが、それを見ていたいたお奉行が、一行に江戸に芝居小屋を建てることを許し、猿若たちに助けられた材木屋の福富屋が小屋を建てるのを手伝うことになって、めでたしめでたし・・・というお話です。

お芝居といっても、ご祝儀ものでレビューのような感じで、勘三郎さん、七之助さん、そして、若衆の人たちの踊りがたっぷり観れます。私の席は、前から2列目で、花道の右側5メートルくらいだったので、夢かと思うくらい本当によく見えた!

ストーリーについていうと、出雲阿国は、猿若より時代が先の人だし、江戸に来たこともないので、史実ではないのですが、初代の勘三郎は、もともと「猿若」という名字で、江戸にやってきて中村座を立ち上げ、それが江戸歌舞伎の始まりだったそうで、つまり、「出雲阿国と猿若が江戸にやってきた」という設定で、江戸歌舞伎誕生を象徴的に描いている、ということだと思います。

また、登場する若衆達が、柳腰でなよなよとして、なんというか、中性的。若衆歌舞伎ってこんな感じだったのかも、と思わせます。
平塚らいてふ風に言えば、「原始、歌舞伎はクイアだった」ってことかも。

中村屋では、特別な興行のときには、初代の猿若を主人公にした「寿狂言」というものが演じられるそうで、この「猿若江戸の初櫓」も、昭和62年に江戸歌舞伎360年(=中村座設立360年)記念として、初演されたものだそうです。

続く・・・

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フィガロと坂東三津五郎さん

フィガロ11月号に坂東三津五郎さんのインタビューが載っていました。(ちなみにもう一つのインタビューはカトリーヌ・ドヌーブ)


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(2013/09/20)
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踊りを観るのは楽しいけれど、「うっとりしているだけでいいのだろうか。踊りにはもっと深い楽しみ方があるのではないか」と訊ねるインタビュアーの矢口由紀子さんに、三津五郎さんは、
「そこが一番困ってしまうところなんです。芝居はストーリーがあるからそれをたどればいい。でも踊りはどうやって見たらいいかわからないとおっしゃる。つまり理屈を知りたいということなのだろうけど、演じるほうはそう思ってやっていないんです。説明できないけれど、なんかよかったねと言っていただけたら、それが最高の賛辞」
と、おっしゃる。

こういう意見は、伝統芸能をやってる方にはよくあるんだけど、実は、今の日本人の多くは日本の芸能について「なんかよかったね」という「感覚」がよくわからなくなっている気がします。

三津五郎さんは、このことについて「でもしょうがないところもあるよね」とおっしゃって、次のようにお話ししてます。
「たとえば『レ・ミゼラブル』は名曲ぞろいと言ったら多くの人に賛同されると思うんですが、『京鹿子娘道成寺』が名曲と感じてくださるかたがその何割いらっしゃるか。これは明治以降、みなさんの生活から邦楽が遠のいてしまったからでしょう。西洋音楽にはピンと来ても、自国のものにはそれを感じないなんて、本当に残念なことです」

たしかに、洋楽やJ-POP, K-POPの曲とか、アユと一緒に踊っている人のダンスとかだと、「これはいいけど、これはイマイチ」とか、自分なりの意見があったりするのだけど、邦楽だとわからなすぎて、何がいいかもよくわからないかも。

というわけで、三津五郎さんが踊りのみかたのヒントを披露してくださります。(三津五郎さんの著書「踊りの愉しみ」のエッセンスが凝縮されている感じです。)

坂東三津五郎 踊りの愉しみ坂東三津五郎 踊りの愉しみ
(2010/09/15)
坂東 三津五郎

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ところで、フィガロには毎号、「歌舞伎のいい男」という連載があって今回は18回め。
やっぱり、女の人には歌舞伎を日常的といういうかよく観ている人が多いのかも。
男性誌だと、時折思い出したように、「日本の伝統を知らないといけない」みたいな感じで歌舞伎の記事が載ったりするけど、なんだか「勉強」みたいになってる場合が多い気がします。(男ってつまんないね。)

追記:この号のフィガロは「ロンドン特集」。パリと違って、ロンドンの特集はありそうであんまりないので、見かけたら買っておくと、いいかも。突然行く事になったとき、なかなか最新のガイドが見つからないので。

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二月大歌舞伎 夜の部@新橋演舞場

勘九郎さんの襲名公演でした。楽日に突然当日券で行っちゃいました。ほぼ満員で、ぎりぎり入れました。



襲名で楽日なので、かなりの華やかさ。
役者さんの奥様方も勢ぞろい。お客さんも着物の方も多く、かつ色無地や付け下げに袋帯、みたいな人も多かったです。

ちなみに野田秀樹さんも来てました。

最初のお芝居は「鈴ヶ森」。「あら、勘九郎さん、すごい本格的。でもすごく老けたような気が‥‥」と思って見ていると、実は勘三郎さんでした。襲名なので、主役は勘九郎さんと思い込んでいた。

そのあと、襲名の口上があり、皆さん、「勘九郎さんは、努力家で真面目で‥‥」と褒めあげるのですが、お一人、「努力家で真面目で‥‥、それって、役者としておもしろいんでしょうかねー」と言い出した方がいてびっくり。この方、これ、毎日言ってたのかな? それとも千秋楽だから?

次は本日のメーンイベント、勘九郎さんの鏡獅子。
最初、女小姓の弥生で登場して、その後獅子になるわけですが、最初の弥生は、うーん。

背が高く見えて。まあそれはそれとして、手足も長いせいか、振袖の袖がプロペラみたいにブルンブルン大きく回るのがちょっと。
やはり「振袖の袖、重たげに」じゃないと。
そして、一番おどろいたのが、踊りながら横座りするときで、勢いがあり過ぎで野球の「盗塁」みたいでした。(本当なのよー)

獅子になってからは、スポーティーで良かった。EXILEにも負けてないよ。ただ、たてがみ回すときは、なんというか、回し方に表情というか、もっとグルーブ感があったらいいと思う。

「たてがみ廻して、袖廻すな」みたいな。

最後は「ぢいさんばあさん」。あらすじは‥

 江戸城の警護にあたる美濃部伊織と、妻るんは、人も羨むおしどり夫婦。しかし、伊織が怪我を負ったるんの弟の宮重久右衛門に代わり、京でのお役目を命じられ、離ればなれに。三か月後、泥酔して絡んできた同輩の下嶋甚右衛門を誤って斬ってしまった伊織は、越前へ預かりの身となり、それを知ったるんは、筑前へ奥女中奉公に出ます。それから三十七年後、再会した二人は...。

伊織役の三津五郎さん、地味な感じが高感度大。伊織の37年後を演じるときも、ちゃんと老けていながら、若い時と同一人物何だとと感じさせます。

福助さん、新妻のとき、「あなたーン」はやり過ぎでは。
いくらおしどり夫婦でも、やはり武家の妻としてのわきまえがなくてはならぬのです。(←姑気分)
そしておばあさんになった時、すごい役作り!
福助さん、もうノリノリでした。「カックラキン大放送」の「なおこおばあちゃんの縁側日記」の研ナオコさんを思い出した。
面白いんだけど、これもやっぱりやり過ぎでは。引退したとはいえ、奥女中で出世して、奥を仕切ってたんだから、もっとしっかりしてる感じのほうがいいのでは。

この作品は、戦後割とすぐ作られたものだそうですが、運命に翻弄され離れ離れになった二人が、おじいさんおばあさんになってから再会し、「これから二人で新しい暮らしをはじめる」という台詞が今も新鮮。戦後の「新しい時代」の歌舞伎だと思う。涙。

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大部屋の女形たち・・・河原崎国太郎著「女形芸談」 (1972)

千駄木の古本屋「古書ほうろう」で、河原崎国太郎さんの「女形芸談」を買いました。(500円)

国太郎さんは、「前進座」という共産党系の(ように私には思える)歌舞伎劇団の立女形でした。
芸談の本はいろいろありますが、たいていは有名な方が書いているので、大部屋のことを書いた本ってあまりない気がします。(私が知らないだけかもしれませんが。あったら是非教えてー)

国太郎さんは、いわゆる「御曹司」ではなく、松竹にいたときは大部屋の女形でした。ですので、大部屋時代のことも色々書かれています。特に面白かったところをご紹介。

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昭和四年三月歌舞伎座で『助六縁江戸桜』が上演されました。中学生から役者の見習いになって二年目に、助六の振袖新造に出られたんだから有頂天になりました。
(中略)
私ども振袖新造組は大部屋一同で、なにか中二階(女形のこと。昔部屋が中二階にあったところからの呼称)らしいふんい気をというので、札上から順に当番を決めて、毎日甘い物を注文し楽屋にとりよせ、なかには気の合った立役(男役)を呼び込んでおごるなど大騒ぎをしたものです。おしるこ、ミツ豆、お団子など、吉原にちなんで日本ものばかりを選んで、『助六』の開幕前にキャーキャーかまびすましいことといったらありゃしない。清掻の合い方に乗って、揚げ幕を出てゆくのです。いわず語らず郭の気分を出していたのかもしれません。宝暦年間の古川柳に、
 中二階いわば楽屋は女御ヶ島
という通りでした。

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戦前の日本で大部屋の女形になろうって人は、「他では生きられない」くらいの気持ちの人が多かったのかも。「気の合った立役」っていう表現も気になる。

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