きもの男子通信

明治から振り返る江戸時代・・・「江戸服飾史談 大槻如電講義録」

大槻如電という人が、明治31年に三越呉服店の依頼で行った連続講演の記録を現代人向けに編集したものです。

江戸服飾史談―大槻如電講義録江戸服飾史談―大槻如電講義録
(2001/04)
吉田 豊

商品詳細を見る


江戸時代の服装の変化を幕府によって行われた六回の改革を軸に説明してます。(たとえば男子の礼服は、かつて錦の裃(かみしも)であったのが、明暦の大火の後の倹約の号令で、麻の裃となったそうです。)

 鎌倉幕府滅びてより、南北朝と皇室も立ち分かれ給える頃より、日本国中は戦争がうち続きまして、二百八十年ばかりのその間は、三十年とつづいて世の中の平穏なことは無いのです。
 ところで徳川将軍家康公が、幕府を立てられて(慶長八年、一六0三)から初手三代(家康・秀忠・家光)の間は、大阪だの島原だのに軍(いくさ)がありましたばかり。そのほかには斬ったり、はったり血を流すことはありません。
 さてかく太平に慣れますと、衣食住その他が驕奢に流れますのは自然の勢いでありまして、いつとなく贅沢となり、したがいまいして無益な費用がかかる次第で庶民は困窮するわけとなります。そこで幕府ではそれらのことに制限を加えなければなりません。そこで節倹の号令を出します。・・・中略・・・
 この改革のたんびに、風俗に異変があるのです。、その子細はその前々に色々な流行がありまして、衣服はもちろんその他が何やかやに、贅沢や派手を尽くしましたを、節倹の号令が出ると一旦はすべて質素の風になります。ところが五年十年とうちすぎます間には、またまた新規な工夫が出て、いつともなくその質素の風俗は、どこへやら消え失せまして、知らず知らずの間に様々な驕奢が起こる、その驕奢や贅沢は、以前と違い、その時代時代の世態人情で一種のなりふりとなるのです。ですからこの六度の改革で衣服の風俗の移り変わりが分かるのです。


講義録なので話し言葉でわかりやすく、また服装以外の江戸時代の政治・文化も語られます。

江戸時代に生まれた大槻如電さんが、明治の合理的な考え方・平明な語り口で描く江戸の風俗は、美化でも否定でもなく軽妙で、太平の世で華美への欲望と倹約令の間で右往左往する江戸の人々への愛情と、どこかにかすかな悲しみを感じさせます。

※ にほんブログ村というランキングに参加しています。今回の記事、面白いと思われたら、下のボタンのクリックをお願いします。

にほんブログ村 ファッションブログ 男性着物・和装へ
にほんブログ村

スポンサーサイト