きもの男子通信

「遠州・不昧の美意識 名物の茶道具」@根津美術館

久々に根津美術館に行ってきました。冬のお庭は、なんだか全体に白っぽくて、それもなかなか良かったです。








梅の花も咲いていました。


さて、今回の展示は、「遠州・不昧の美意識」でした。



小堀遠州(1579~1647)は徳川三代将軍・家光の茶道指南役として、茶入の選定や、作庭や陶芸の指導を行い、いわゆる「綺麗さび」というテイストで知られています。(←ごめん、こんな表現で)

遠州は、多くの茶道具に、和歌から取った銘、「歌銘」付けていて、今回の展示にも、遠州が、箱や、時には茶道具に直接、銘を書き入れたものがたくさん展示されています。たしかに、歌銘がつけられると、なにやら王朝風の雰囲気が生まれる気がします。

遠州流の現お家元、小堀宗実氏は、「綺麗さびの茶」という対談集で、以下のようにお話されています。

遠州の美と心 綺麗さびの茶遠州の美と心 綺麗さびの茶
(2005/10)
小堀 宗慶、小堀 宗実 他

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遠州が「綺麗さび」といわれるのは、やはり和歌の世界をお茶の世界に幅広く入れていったからでしょう。遠州は和歌を一生懸命研究して、さらに定家と間違えられるくらいに定家流を我が物にしていきますね。



*上の「定家流」というのは、定家の筆跡を汲む書法のことだと思います。

武家茶道の遠州流が、千家よりも王朝趣味を志向しているようなのも意外かも。
遠州に俄然、興味がでてきて、図書館で何冊か本を借りてきたので、また、わかったこととなど、書きたいと思います。

さて、松平不昧(1751~1818)は、その150年後、茶道具の大コレクターとして名を馳せ、また、茶道具を整理・分類し、「名物」の格付けをしたことで、知られています。

今回の展示では、ほとんどの茶道具について、その内箱、外箱、さらには箱書きを保護するための「被い紙」も一緒に展示されています。茶入れを入れる「挽家」という入れ物も、恥ずかしながら、今回初めて知りました。

遠州の箱書きの他、その後不昧公の所有となったものには、さらに不昧公によって新たな外箱や被い紙が作られ、もとの茶道具よりもずっと大きな箱に入れられています。

「由緒のある茶道具は、たくさんの箱に入っていて、マトリョーシカみたいになっている」というのは話では聞いたことがありましたが、実際にみたのは、初めてでした。

ちなみに、前に「クウネル」で読んだのですが、不昧公のお膝元の松江では、一般の家庭でも、抹茶が日常的に飲まれているそうで、会社でも煎茶やコーヒーの代わりに抹茶が出されたりするそうです。(出身の人に聞いたら本当だそうです。お家には干菓子が常備だそう。)行ってみたい!


ku:nel (クウネル) 2010年 09月号 [雑誌]ku:nel (クウネル) 2010年 09月号 [雑誌]
(2010/07/20)
不明

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