きもの男子通信

「文字の美」@日本民藝館

ひさしぶりに日本民藝館に行ってきました。
今回の企画展は「文字の美」


いわゆる「書」ではなく、民藝館の創設者、柳 宗悦の美意識に基づいて選ばれた「文字の民藝」が集められていました。

民藝と文字って結びつかないようにも思えますが、原初的に文字には意味を伝えるという「用」があるわけですから、すべての書は「工芸」(あるいは少なくとも工芸的要素がある)ともいえます。

柳さんの文字の美についての捉え方には、二つの大きな「見方」の基礎があったそう。

 一つ目は、「個人の性(自我)を越えていること」。

「自我に執着すればそれは作為として敏感に反映され、美から遠のく」。それゆえ、個人に属さない文字や社会共有の公的な文字は、より美と交わりやすい、と。そして、文字の文字の間接化(たとえば拓本)が文字が美しなる要素であると考えていたそう。個人の文字が石に彫られ、年月を経て摩耗し、続いて紙に転写されることで美しくなると。


二つ目の基礎は、「文字の模様化」です。形や線の無駄を省いて、極限にまで極まったものを文字の模様化と呼んでいたとのこと。

文章で読むだけと解りづらいのですが、展示品を観ると納得してしまう。

柳さんの民藝論自体は、柳さんの収集品によって説得力をもっていると思いますが、特に文字の美については一層そうな気がします。そして、柳さんの文章が、収集品を見る人の理解を深める。

「民藝館」は本当に特別な美術館だと思います。





私がいいなと思ったのは拓本。そして宗教に関するもの。

拓本は確かに、文章の意味、書いた人、彫った人、自然の力、写した人、といろいろな要素が混じりあい、一人の人間の個性を超えた美しさを持っていると思います。そして、複製ができるから、多くの人が持てる・見ることができます。美術品・工芸の世界というか、モノの世界では(たとえ工業製品でも)一個しかない、数が限られているということに価値があると思われているけれど、多くの人が持つこと・見ることができるのって素晴らしい。すっかり忘れていた気がします。

宗教に関するものは、国立博物館にあるような上層階級のための「仏画」や経文(それもすばらしいけど)とは違った素朴な信仰のもの。字が観音様(?)の形をしていたり。こういうものを観ていると、昔の日本人はほんとうに「ほとけさま」を信じていたのだと思う。そして、人々に信じられていたから「ほとけさま」は確かにいたのだと思う。今の日本にほとけさまはいらっしゃるのかな。




民藝館には梅が咲いていました。




今はやりの「日本は(他の人々より)素晴らしい」とは全く別の見方で作られた「日本民藝館」。

すばらしいのは、人間と自然です。

※ にほんブログ村というランキングに参加しています。今回の記事、面白いと思われたら、下のボタンのクリックをお願いします。

にほんブログ村 ファッションブログ 男性着物・和装へ
にほんブログ村

スポンサーサイト