きもの男子通信

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紬屋吉平六代目女将、浦沢月子さんのこと

浦沢月子さんは、もと芸者さんから6代目紬屋吉平の女将さんになったということなので、何となく、呉服屋の若旦那が花柳界で月子さんと知り合った・・・ということなのかなー、と思っていたのでした。

でも、実はお二人が知り合ったのは、東京製綱の職場なのだそうです。戦争中、旦那さんとなる政二さんは微用工、月子さんは女子挺身隊として、東京製綱で働いていたそうです。

戦争後も、政二さんは東京製綱でサラリーマンをしていて、その後、お舅さんから、お店を再開するように勧められのだそうです。

お子さんもいらして、呉服屋さんとしての接客も初めて、織物についての知識もないところから始められたとのこと。

睡眠時間を削って自分で機織りをしたり、農村に行って絣の模様の取材をしたり(月子さんはデザインもなさるのです)、ものすごい努力の人。

そして同時に、浅草で生まれ育ち、銀座でお店をなさっている月子さんは、都会の人の目を持っている。

闇雲に「作るのに技術や努力が必要だからすばらしい」というのではなく、作る人に敬意を持ちつつ、最終的には着て「おしゃれか」どうかということが大事だと知っている。

織る側の人のこと、着る側の人のこと、その両方を知っている希有な方だったのだと思います。

「すみれ庵」さんのブログに、月子さんについての記事と雑誌に載っていたお写真があります。是非読んでみて!

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