きもの男子通信

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「原始、歌舞伎はクイアだった」・・・猿若祭二月大歌舞伎@歌舞伎座 その1

二月の歌舞伎座、猿若祭は、勘九郎さんのお子さん二人が桃太郎で初舞台を踏む夜の部が大大人気ですが、私は歌舞伎に詳しい友人に「絶対観なさい」と勧められて、昼の部に行ってきました。



昼の部は、「猿若江戸の初櫓」、「大商蛭子島」、「四千両小判梅葉」、そして舞踊の「扇獅子」の四本立てです。それぞれ特色ある出し物で、最初から観て行くと、江戸歌舞伎の歴史を一覧したような気持ちに。

まず、最初の「猿若江戸の初櫓」
こちらは出雲阿国(七之助さん)と猿若(勘九郎さん)が、若衆を引き連れて、上方から江戸に下ってくるという設定。

阿国と猿若は、日本橋で、幕府に献上するお祝いの荷車を運ぶ途中、狼藉者に教われて困っている材木屋、福富屋夫婦に出会い、助けることにします。若衆達に荷車を運ぶのを手伝うようにいうのですが、若衆達は「荷車を運ぶなんていやだ」と拒絶。
結局、猿若の説得で、若衆達は荷車を運ぶのですが、それを見ていたいたお奉行が、一行に江戸に芝居小屋を建てることを許し、猿若たちに助けられた材木屋の福富屋が小屋を建てるのを手伝うことになって、めでたしめでたし・・・というお話です。

お芝居といっても、ご祝儀ものでレビューのような感じで、勘三郎さん、七之助さん、そして、若衆の人たちの踊りがたっぷり観れます。私の席は、前から2列目で、花道の右側5メートルくらいだったので、夢かと思うくらい本当によく見えた!

ストーリーについていうと、出雲阿国は、猿若より時代が先の人だし、江戸に来たこともないので、史実ではないのですが、初代の勘三郎は、もともと「猿若」という名字で、江戸にやってきて中村座を立ち上げ、それが江戸歌舞伎の始まりだったそうで、つまり、「出雲阿国と猿若が江戸にやってきた」という設定で、江戸歌舞伎誕生を象徴的に描いている、ということだと思います。

また、登場する若衆達が、柳腰でなよなよとして、なんというか、中性的。若衆歌舞伎ってこんな感じだったのかも、と思わせます。
平塚らいてふ風に言えば、「原始、歌舞伎はクイアだった」ってことかも。

中村屋では、特別な興行のときには、初代の猿若を主人公にした「寿狂言」というものが演じられるそうで、この「猿若江戸の初櫓」も、昭和62年に江戸歌舞伎360年(=中村座設立360年)記念として、初演されたものだそうです。

続く・・・

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